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  • 執筆者の写真K.Matsui

未来を見る第四の脳

【小さくなる私】


「意識」は「第三の脳」で発達する「記憶回路」と共に「意識」の連続体である「自我」を獲得しました。

「自我」は時系列上の「意識」を総覧することで「自己同一性」を認識するのでした。


「あなたの自我」は「あなた」という「個体」を「私」と認識します。

この「認識」という言葉を「自己の感覚器官を通して対象を意識する」という狭義の概念から範囲を拡大して「対象を見分ける」という程度の広義の概念として考えてみましょう。


この場合、時系列を遡って考えれば、「個体」の前には、「血族」全体を「私」と認識する過程があったはずであり、その前には「人類」全体を「私」と認識する過程があったことでしょう。

その前には「動物」全体を、その前には「生命」全体を「私」と認識する過程があったはずです。

何故なら、「あなたの身体」の積層の順序が、そのような過程を辿っている事実があるからです。


更には、これはもはや「認識」という言葉すら不適当ですが、敢えて言うなら、「物質」全体を「私」と認識する過程もあったはずです。


つまり、時系列順に考えれば、「物質」→「生命」→「動物」→「人類」→「血族」→「個体」→この次は?

未来において、人類の「第三の脳」に覆いかぶさるであろう「第四の脳」は、どんな主体を感覚するのでしょうか?


この流れを概観すると「私」という認識は「大きな塊から小さな塊へ向かう」ように見えます。

この傾向が維持されるとすれば、「?」は少なくとも「個体」より小さな塊へシフトすることになります。


時間的な側面から考えた時、「個体」としての「自我」が「意識」という小さな単位を統合した結果であるならば、「個体」より小さな単位にシフトすることは「意識」へ回帰する方向性を持つことになります。


また、空間的な側面から考えた時、「個体の身体」が「密集」「専門化」した細胞群であることから、これを小さな単位にシフトすることは「単細胞」へ回帰する方向性を持つことになります。


よって、「大きさ」の概念を持つ時空間両面から考えると矛盾が生じてしまう。

これを、残されたもう一つの次元である「パターン宇宙」から考えるとどうなるでしょう?


コヒーレント状態である物質世界は「パターン宇宙」の「重ね合わせ状態」です。

一方、「自我」はデコヒーレント状態の「一つの宇宙」しか認識できないのでした。


しかし、「自我」の認識する「一つの宇宙」を起点とすれば、他の「パターン宇宙」を座標化して「大きさ」の概念を置くことができるのではないでしょうか。


そもそもデコヒーレント状態である「自我」ですが、それは「自我」の視座からの話であり、その外側から見れば「自我」もまたコヒーレント状態にあります。

つまり、「重ね合わせ状態の自我」。


「パターン宇宙」の次元に「大きさ」の概念が適用できるとするなら、本来「重ね合わせ状態の自我」から「一つの宇宙に存在する自我」へシフトすることは、「大きな塊から小さな塊へ向かう」という条件を満足することになります。


未来への道標

【第四の脳】


「あなたの自我」は過去における「意識」の情報から自己の同一性を確保していますが、未来方向についてはどうでしょう?


「あなたの自我」は未来を論理的に予測しますが、それは過去をみるのとは違い、「予測」しているに過ぎません。それでも「あなたの自我」は不確定な未来にある自分の予測情報も「自己同一性」の枠組みに入れて「自我」を形成しています。


人は確定された過去について悩むことはありません。

悩みの種は常に不確定な未来についてであり、そこに起こりうると予測される様々なパターンの「自分」も、過去と同じくらいに「自分」だと認識している。


「過去」は確定されたものであり情報量も限られています、しかし、「未来」は不確定でパターンは本来∞に存在する。

よって、物理的限界のある「自我による予測」では処理できません。


未来には多くの選択肢があることを「あなたの自我」も自覚しているところです。

そうであれば、この「未来」においても「自我」が「一つの宇宙」に確定、つまりデコヒーレント状態へ移行することは「大きな塊から小さな塊へ向かう」ことを意味するでしょう。


そうなると、「第四の脳」はコヒーレント状態である宇宙の未来情報の中からをデコヒーレント状態の確定された「未来を感覚することができる意識と自我」を生成する場所となるでしょうし、その萌芽は既にあります。

何故なら、今まさに、それを考察している「あなた」がいるからです。


しかし、「無意識」は「種の保存」に必要最低限の情報しか「意識」に立ちのぼらせてはくれなません。

コヒーレント状態の未来情報を「意識」に立ちのぼらせることはできるのでしょうか?

ここで重要となるのが「因果律の双方向性」です。


【結果が原因を生む?】


コーヒー豆は自分で挽くのが良いですね。

苦労して淹れるコーヒーは一層美味しく感じます。


今日のコーヒー豆は「コロンビア」

華やかな香りが、「あなた」の鼻腔をくすぐります。

「あなた」は、とても良い気分になりました。


この時、「コーヒーの香り」という「原因」が、「あなたの良い気分」という「結果」をもたらしています。

「あなたの良い気分」が「コーヒーの香り」をもたらしたわけでないことは明らかであるように見えます。

この「原因」と「結果」の関係性を「因果律」と呼びます。


しかし、現代の物理学は「因果律は双方向性」を有することを強く示唆しています。

物理法則上は、「原因→結果」の順番を逆にしても成り立つということです。


また、全ての物理現象は「原因」と「結果」の組み合わせ。

そして、∞パターンの宇宙の重ね合わせ状態であるマルチバースにおいて、その組み合わせは∞にあります。


ここで、「原因」を「現在」に、「結果」を「未来」という言葉に置き換えてみましょう。

すると、「現在と未来は双方向であり、その組み合わせは∞にある」ということになります。


このことから、「現在」から、どのような「未来」もありえますし、逆に特定の「未来」から、どのような「過去」もありえると言えるでしょう。


つまり、「コーヒーの香り」が「あなたの不快な気分」をもたらす未来もあり、逆に「あなたの良い気分」が「コンソメスープの香り」という「過去」からもたらされる場合もあるわけです。


ここに「あなたの無意識」と「あなたの自我」を結びつけるヒントが隠されています。


次回は「因果律の双方向性の活用」について考察しましょう。


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